石器時代から?日本の「銭湯文化」の歴史

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石器時代から?日本の「銭湯文化」の歴史

更新日: 2016-11-11 18:15:11コラム
石器時代から?日本の「銭湯文化」の歴史

日本国内には3,000もの温泉が存在し、1年間に1億人もの利用者がいるといわれる、「温泉大国」日本。日本には活火山の地層が100ほどあることから、悠久の昔から、温泉利用の環境に恵まれてきました。
その歴史は大変古く、想像を遥か超えるほど昔から温泉の存在が確認されています。例えば、長野県上諏訪温泉からは縄文時代遺跡から温泉の成分となるものが発掘されており、また別府の温泉自体は約5万年前にはすでに湧いていたという研究が発表されていて、10万年前の石器時代の遺跡にはなんと、温泉を利用していたであろう痕跡が残っているそうです。当時は「温泉」という概念はもちろんまだなく、地下などから火山ガスが噴出する点を利用して、洞窟などで蒸気浴をしていたといいます。

◆銭湯の原型「沐浴」
6世紀頃~仏教が中国から日本へ伝来し、「入浴は七病を除き、七福を得る」という教えから、身体を清めるという行為自体が仏教の道に入るものとして重要な業として認知され、奈良時代になるとお清めの儀式として「沐浴」が伝わりました。そういった背景から、寺院には沐浴するための施設「浴堂」がつくられるようになり、時代の流れとともに、仏教に身をおくもの以外の庶民も浴堂を利用するようになります。言うなれば、それが今でいうところの「銭湯」(公衆浴場)であったというところでしょう。東大寺や興福寺には今でも浴堂が残っており、その歴史を垣間見ることが出来ます。

◆「沐浴」から「銭湯」へ
江戸時代に入ったあたりで、ついに「銭湯文化」の片鱗を示します。この頃のお風呂といえば、まだ蒸し風呂が主流で、湯を高さ30センチほどの浅めにはって膝下を浸ける、いわゆる「足湯」スタイルや、「半身浴」スタイルがほとんど。この時代の江戸は人口に対し水不足で、更に薪を焼べるにも薪自体の値がはったこともその背景にあったと言われています。
江戸時代初期には現在のお風呂の原型となる肩まで浸かるタイプの「据え風呂」が登場。「昔のお風呂」代表の「五右衛門風呂」や「鉄砲風呂」は、この時代に登場したようです。その後、江戸時代末期にかけこのスタイルのお風呂が普及していきました。

◆当時の公衆浴場「湯屋」
銭湯文化はこのようにして徐々に一般庶民の間にも浸透していきますが、銭湯の前身と言われる存在があったことをご存知でしょうか。それが、「湯屋(ゆや)」と呼称される公衆浴場です。名前は聞いたことがある方も多いかもしれません。文化10年頃の江戸市内には、約600軒もの湯屋が存在していたそうです。
当時の湯屋はそのほとんどが混浴施設で、現代のように男湯・女湯と浴場が分かれていないものが主流でした。羞恥心であるとか、そういう次元の話ではなくて、混浴施設自体が当時の文化であって、今では違和感を感じるかもしれませんが、当時はそれが普通だったのです。いい意味で言うとおおらかで寛大な文化と言えます。ただ、外部の人間からしたらその光景は異様にうつったようで、かの有名な歴史的人物「ペリー」が黒船に乗ってやってきた際、ペリーは日本固有の「混浴」文化に大層驚いたようで、その様子を「ペリー艦隊日本遠征記」に挿絵付で「男も女も赤裸々な裸体をなんとも思わず、互いに入り乱れて混浴しているのを見ると、この町の住民の道徳心に疑いを挟まざるを得ない。」とまで記しています。
明治維新まで続いた男女混浴文化は続きましたが、風紀が乱れるといった理由から「寛政の改革」「天保の改革」による一時的な禁止令を経て、最終的には明治33年には男女混浴は完全に禁止されました。

◆「湯屋」といえば?
ちなみに、「湯屋」と言えば、「千と千尋の神隠し」を想像する方も多いのではないでしょうか。
「油屋」という湯屋で繰り広げられる神々が浸かる温泉が舞台の、大人気ジブリ作品です。私はこの作品で「湯屋」という単語を知りました。ジブリ作品はその壮大さやスケール・インパクトの大きさ、思わず考えさせられるストーリーの意味深さなどから、様々なうわさがあります。千と千尋の神隠しも同様で、作品中に登場するその風景や施設が、実在する地域や施設をモデルにしているのではないか、という点についても、ずいぶん前から争点になっているようです。
有名なのは台湾の「九フン」ですが、実は湯屋自体のモデルは日本国内にあるのではないか、といった憶測が飛び交っています。例えば、国の登録有形文化財にも認定されている、長野県山ノ内町の渋温泉の湯屋「金具屋」の斉月楼はその1つ。レトロな色彩と、建物の表情の奥に郷愁を感じる、タイムスリップを錯覚させる見た目に心奪われます。250年の歴史を誇る老舗温泉は、全体が暖かいオレンジ色に満たされ、何とも幻想的な雰囲気を醸し出しています。
宮崎監督の別荘が長野県にあり、信州と深く関係を持っていることも手伝ってモデルとなったのではないか、との噂が飛び交いました。実際のところはどうかというと、結論「明確に公式モデルとはされていない」そうです。
しかしながら、実は他にも油屋のモデルとなったのではないか、といわれている日本国内の老舗温泉はいくつもあって、日本三古湯のひとつと謳われている「道後温泉」、山形県の「銀山温泉」、宮城県の「鎌崎温泉」、群馬の「四万温泉」、「鳥取の羽合温泉」など、映画のシーンで見覚えのある内装やつくりがそれぞれに点在。
公式では否定されているようなので、「ここがモデル温泉です!」というわけではなく、美術的な意味で風景や建物を部分的に取り入れ参考にしており、公式では江戸東京たてもの園や道後温泉本館、日光東照宮などがジブリ公認モデルだそうです。

なんにせよ、このようにお話の背景とそれに遣われた街の風景、その意味を、ああでもない、こうでもない、と想像するのも楽しいものです。歴史深いそれら温泉宿に触れることで、先述したような日本固有の湯屋のあり方を知り、たどってきた銭湯や温泉の軌跡に接し、より深い楽しみ方が出来るというもの。
ジブリのお話で言えば、上述したモデル候補の温泉たちはどれも何ともノスタルジックで郷愁に駆られる、魅力的な温泉ばかり。その事実が正であろうと否であろうと、過去と現在をさまようタイムスリップしたようなその風貌に触れ、効能度高い温泉に浸かり、幻想風景に浸りたいと思ったことに、間違いはありません。

 

筆者: サポート担当 井上